大坂真理子
コピーライター・年齢不使用(!?)
ある仕事を通じて主宰者と知り合い、現在に至る。
歌舞伎とサッカーしか楽しみがない人生。それでも幸せ。
水瓶座・O型。
二十七幕目 第一場 「THEハプスブルグ」


国立新美術館はたいそう苦手。

2007年、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」をメインにもってきた
オランダ風俗画展がはじめの一歩。
その前にモネをやっていたが、うっかりと見送った。

噂によるとかなり、いえ相当、評判のよかったモネ展。
美術館の美しさとともに十二分に堪能した、という感想をたくさん見聞きしました。
だのに、オランダ絵画展で感じたのは、観せ方の悲しさ。

風俗画といえば、こじんまりとしたサイズが多い。
それらを薄暗い照明の中、きっちりとしたスペースでを見せるものだから、
歩きながらもつい、うとうと…と。
自分には照明が合わなかったようで。うとうと…と。
観ているうちに眠くなってくる始末。

さらにその後、日をあらためて、
モディリアーニやウィーン美術史美術館の作品群を観賞に出かけて行ったものの、
やはりうとうと…と。
ウィーン美術史美術館展は、マルガリータ王女をはじめサイズの大きい作品が多く、
静物画などは迫力があり、バーーーンとゆっくり存分に楽しめました。
観せ方もそれなりによかったのに、けれど、相変わらず、うとうと…と。
なぜか、どーしてか、眠くなってきてしまうのです。

眠くなりながら、ほけほけーと歩く。
そうね、「うとうと」っていうより「ほけほけー」。
徐々に集中力を欠いてくる状態。なんだか、そんな感じの表現がよく似合います。
私にとってはほけほけ美術館。
それが国立新美術館。

「THEハプスブルグ」。
今回はまたウィーン美術史美術館が作品提供、そしてブダペスト国立西洋美術館も協力。

どうだったかと問われれば「圧巻」のひと言。

会場のつくり、大きな作品が多いことなどに起因しての表現ですが、
個人的には十分楽しめました。
ほけほけ美術館ではじめての脱ほけほけです。

☆☆☆

さて、ここからは今回の美術展をさらりと振り返ります。

入ってすぐハプスブルク家の肖像画がずらーりと並びます。
ここでエリザベートの肖像画にびっくり。で、でかい。
なんだか、何を見て良いかわからないくらいのでかさなのです。
こんなふうに想像していなかったのでビックリしました。
しかし、これが良かった。
この後しばらく続く、大きめな作品群がすべてこじんまりと程よくまとまって見えたから。

ハプスブルク家肖像画を見たら、イタリア・ルネサンスの絵画、
とくにヴェネチア派を好んだらしい…。そして、ドイツ絵画、
途中、麗しき工芸品や日本(明治天皇)からの贈りもの風俗画帖などをはさみ、
スペイン絵画、オランダ・フランドル絵画へと続きます。
テーマ展開もとてもわかりやすく、とても観賞しやすい企画展。
展示のしかたもいい感じ。

ただ一点、残念なのは、オランダ・フランドル絵画を一番最後にもってきているため、
やはり聖書や神話を主題にした作品たちのあとでは、
ピーテル・デ・ホーホやレンブラント、ライスダールなどが
ショボーンと陰が薄く感じとれてしまうこと。

レンブラントの「読書する画家の息子ティトゥス・ファン・レイン」などは、とくに残念。
4人いた息子を次々と失い、
ただ一人残ったティトゥスの記録を残そうと描き続けた…その中の一枚だというのに、
なんとも印象に浸れない。浸りきれない。
ここは、もう、スイッチひとつの問題なのだろうけれど。
やはり企画展の観せ方は難しいものなんだな、とあらためて実感したのでした。

二十七幕目 第二場 「聖母子と聖カタリナ、聖トマス」


帰宅後、数日経ち、それでもなお、印象に残っていたひとつ。
ロレンツォ・ロットの「聖母子と聖カタリナ、聖トマス」がそれです。

青いドレスの聖母マリアがとくに印象的だったと振り返ります。
あの衣装の、あの色を何度も思い出してしまう。

聖母マリアといえば「受胎告知」。
今回はエル・グレコの「受胎告知」が前評判高く来日。(大原美術館所蔵とは別物)
そして、もう一点、ベルナルト・ストロッツィの「受胎告知」も来日。

実は、個人的にはエル・グレコの「受胎告知」は以前からあまり好みではなく、
やや評価の薄いストロッツィのほうが好きかもと、期待度大でした。

エル・グレコは好みではないというか、なんというのかな。
もともと受胎告知のその瞬間、天使ガブリエルやマリアの表情・しぐさに動きがあるほうが好きで、そういう意味では文句なし。
しかし、なんとも色彩が、光の部分が好きじゃないんです、多分。

ものの本によると、バロックの象徴がエル・グレコで、
強烈な色彩と風変わりなフォルムで描かれたこの作品を前後して
「受胎告知」という題材が遠ざけられたとありました。
なんでも「受胎告知」はこの頃から、
画家のインスピレーションを満たす魅力的な題材ではなくなったのだそう。

と余談はおいておき。

そして、その動きのある「受胎告知」で真っ先に思い出されるのが、
ボッティチェリとロットなのです、と言いたかった。

昔、ボッティチェリで、いわば動の「受胎告知」に感動した後、
すぐさまロレンツォ・ロットの「受胎告知」に感動した次第。
これもまた…ちょっと笑っちゃうくらい、面白い展開を魅せる「受胎告知」なんですよ。
とくにマリアの表情にええっーと。
直で見たら、立ち止まってしまうこと数分、うろちょろすること数度…でしょう。

そして、今回の「聖母子と聖カタリナ、聖トマス」。
こちらはまた同じ動きでも、流れるような自然の動きが心地いい。
立ち止まってしまうこと数分。うろちょろすること数度。

天使、聖母マリア、聖カタリナのすべての視線が
聖トマスへと流れるように構図されていると解説書きにあります。
そして、ドレスの青がまばゆいばかりに惹きたつと。
まさにまさに。

聖カタリナが本を持っており、その本に触れているイエスキリストの指先は、
彼自身の知への覚醒を象徴しているのでしょうか。
この場面で流れが止まるのも計算のよう。

この聖会話の場面。
最近になって、聖カタリナと聖トマス登場の意味を調べようと図書館へ行きました。
しかし、資料不足もあり、結局調べきれず。
要は、聖会話に登場する人物は、絵画の発注者が勝手に組み合わせたり、
また画家が好みで決めたりするそう。
なので色んなことがチグハグでもおかしくないってこと。と自己納得。

こういうところが難しいのですよ、西洋美術は。

それよりなにより、調べている間に眠くなり、
美術館ではなく図書館でほけほけ状態に陥る始末。

なんと…。「ほけほけ」は国立新美術館のせいではないんだな。
自分のせいなんだよ、きっと。

ロレンツォ・ロット「聖母子と聖カタリナ、聖トマス」

エル・グレコ「受胎告知」

ロレンツォ・ロット「受胎告知」


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