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初めてスペインを旅行したのはもう10年も前だ。アンダルシア地方の長距離バス乗った時に流れていたラジオの歌は、なんだかアラビアっぽくもあり、もしくはこぶしのある演歌のようにも聞こえた。そんなヨーロッパっぽくないこの国にわくわくした。でもまさかその翌年、8ヶ月間も行ってしまうとは・・・。
当時、いちどは外国に住んでみたいなぁと漠然と考えたことはあったけど、外国なんて恐いし、言葉もできない。旅行とは違うし、わたしにはムリだなぁ、、、なんて思っていた。でも、その時とくに何かあったわけではないけど、なぜか「行こう!」と突然思い立ってしまったのだ。
そして、行ったことのある国のなかでどこに行こうか考えた。東南アジアは惹かれるけれども住むとなるといろいろと不便がありそう。その他では、イタリア、スペイン、ギリシャ、ポルトガル、トルコに行ったことがあって、そのなかではスペインって住みやすそうだなと思った。そんなに最先端をいってるわけではなく、不便でもなく、素朴な田舎もあって、気を張らないでいられそう。そんなところが良くて決めてしまったのかもしれない。ただ、スペイン語・・・。英語もしゃべれないのにスペイン語だなんて!
しかし決めたものはしょうがない。出発を半年後と決めて、スペイン語教室に通い、その間に貯金を増やしつつ、97年の4月にとうとう出発したのだった。
スペインに住むのに一番簡単な方法は、語学学校に通い、ピソ(アパート)やファミリア(ホームステイ先)を紹介してもらうことのようだった。それで向こうの語学学校に、わけの解らないスペイン語でなんとか手紙を書いて申し込んだ。
私が最初に住んだのはパロという村。ピカソが生まれた、アンダルシア地方のマラガの町から、バスで海沿いに15分ほど行ったところの小さい町だ。リゾートというよりは、海水浴場のある新興住宅地といった感じだった。アンダルシアの小さな町というと、よくガイドブックで見るような「白い村」を想像するかもしれないが、それとはぜんぜん違って、ごく普通の「じぶんちの近所」といった感じだった。

町のまん中にはバス通りが通っていて、靴屋、ブティック、お菓子屋、スーパー、100ペセタショップ(100円ショップみたいな店)などが並んでいた。教会や、メルカド(市場)もある。海のほうに行くとレストランが多くなる。 海岸沿いにはバル(カフェと居酒屋が一緒になったような店)やレストランがずらっと並んでいて、どの店も表に日よけの天蓋を張り、テーブルと椅子を並べていた。その他はほとんど普通の住宅だ。海の近くは、昔からあったらしい小さい白い長家のような家が並んでいて、海から離れるにつれゆるやかな上り坂になっていて、そのあたりには新しい一軒家が多かった。私がホームステイしたのもそういう家だった。
まさに百聞は一見に如かず。スペインに行ってしまったら、行く前にいろいろ気をもんでいたことはふっとんでしまった。何をこまかいことを心配していたんだろうという気分になった。でも想像もしなかった、いや、できなかった大変なことは出発前の何倍もあったのだけど。 |
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