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文・イラスト/つじむらあゆこ


その3 アンヘリータの家

スペインでのホームステイは、想像していたようなアットホームな感じとは、ちょっと違っていた。私は幸か不幸か3つの家で暮らせたが、どこも外国人学生には慣れ過ぎていて、あまり新鮮な交流はなかった。さらに本音を言うと、スペインでのホームステイはもうこりごり・・・。でも、今になってみれば貴重で笑える経験がたくさんできたかのかも。

エンリケ家の後、私が住んだのはアンヘリータの家。ここには2ヶ月間住んだ。たぶん築50年くらいで、医者だったダンナさまと結婚したころに建てた家らしい。アンヘリータは70歳を過ぎたおばあちゃん。ダンナさまも亡くなってひとり暮らしだったけど、むかし看護婦だったこともあり、近所の寝たきりのおばあさんを自宅に住まわせて、仕事として介護をしていた。そのおばあちゃんのお世話のために、昼間はマリア・デル・マルという女の子。夜はマリア・ルイサという看護婦さんが毎日来ていて、意外と人の出入りの多い家だった。さらに、マリアという家政婦さんや、ハンサムな庭師のお兄さんも時々来ていた。

海ヘは歩いて7〜8分。屋上にのぼると海が少しだけ見える。ここで、ぼ〜っとするのが好きだった。洗濯もここに干す。何かのお祭りの時に、海岸でやっていた打ち上げ花火はここからよく見えた。屋上から隣の家を見るのはおもしろかった。右隣の家にはイタチの仲間のフェレットと小さい黒い犬を飼っていた。よく庭をうろうろしていた。たまに隣のお兄ちゃんとも目が合って「オラ!(やあ!)」とあいさつされたこともあった。左隣の家はたくさんの小鳥を飼っていて、屋上には鳥かごをたくさん重ねてあった。犬も2匹飼っていて、彼らは屋上からこちらを見ては吠えていた。他にネコも飼っていたようだが、裏の空き地にたくさん住んでいたノラネコたちといっしょに、いつも庭で昼寝をしていたので、どれが飼っている猫かはよくわからなかった。どうもスペイン人はかなりペット好きな気がする。

アンヘリータは以前犬を飼っていたらしいが、わたしがいた時は何も飼っていなかった。でもノラ猫にエサをやるのは毎日の重要な日課だった。家の周りに2、3ケ所新聞紙をしいて、朝、昼、晩とエサを置いていた。あと、屋上から新聞紙に包んだエサを裏の空き地に投げてやっていた。(これを、もう1人の留学生のNちゃん(日本人)と私は、密かに「パラシュート方式」と呼んでいた。)アンヘリータはネコは嫌いだと言っていたが、いやいやけっこうかわいがっていた。

ノラネコの中で一番かわいがっていたのはモキ。唯一名前を付けていた、真っ黒いきれいなネコだったがいつもハナをたらしていた。スペイン語で鼻水のことを「moco(モコ)」と言うのだが、それじゃああんまりなので、ちょっとひねって「moqui(モキ)」だそうだ。しかし、家にでも入って来ようもんならほうきを振り回して追い出していた。もう一匹かわいがっていたのは、生まれたばかりの茶トラの子猫。いつも台所の裏口を出たところの塀の上にいた。塀の上はツル性の植物がトンネルのように茂っていて、ちょうどいい隠れ家兼、遊び場になっていた。この子猫はルビオ。スペイン語で金髪のことを「rubio(ルビオ)」というので、そう呼ばれていた。

家の裏庭にはひょうたん型の小さいプールがあった。庭はそれほど広くはなかったが、奥の方が狭くなっていたので遠近法の効果で実際よりかなり広く見えた。もう使っていない井戸もあった。オレンジの木も一本。それに、こわれたブランコ型の揺りいす。ここはいつもノラネコのお昼ね場所だ。テーブルと椅子もあり、季節のよいときの昼食はそこで食べた。庭は植物でいっぱいだったが、だいたいどこの家も同じような植物を植えている。生け垣にはブーゲンビレア。日本ではあまり見かけないいろんな色のものがあった。鉢植えは、一年中花が咲いているゼラニウムが多い。アンヘリータの庭も同じだった。日本人は植物を育てることを楽しんでいる気がするが、スペイン人は庭を飾ることの方を大切にしているようだった。

アンヘリータは悪い人ではなかったが、ガンコだし、すぐに怒っていらいらするし、負けん気も強く、滞在している学生達をやたら自分の子どものように扱い、世話を焼きたがった。どこかに出かけるたびに、何かしら小言を言ったり、食事までには帰ってくるんだよと言ったり。

彼女のガンコさで一番困ったのは「日本人は胃が大きい」と思ってること。自分の作った料理をたくさん食べてくれたらもちろんうれしいのだろうが、とにかく私には多すぎた。お皿に盛ってくれる時に毎回、「もっと減らして〜。」と言っていたのだが、減らす時はほんのちょっとだけ。
「もう少し食べる。」とでも言おうものなら、ガバッと盛られるのだ。
ある時、「日本人は小食だから、もっと量を少なくして。」と言ってみたら、「日本人は胃が大きいんだよ!」と、やたら自信を持って言われてしまった。なんでそう思ってるのかは知らないけど、もしかしたら今までアンヘリータ家に滞在してきた日本人は、気をつかって出されたものは無理して全部食べてきたのか?!と、いろいろ考えた。とにかく「日本人は・・・」という人種の違いを強調しようと思ったのだが、あっけなく空振りに終わってしまった。

私がいた時に、彼女は体調を崩して1ヶ月間入院したことがあった。その後退院して再び元気に生活していたが、一年後に天国に逝ってしまった。その時わたしはすでに日本に帰っていたので、だいぶ後になってこの話を聞いた。でも、亡くなる間際まで留学生の面倒をみていたようで、自分でなんでもやらないと気がすまない彼女のこと、ぎりぎりまで自分の家で生活できたことはしあわせだったのかもしれない。

きっと天国でも彼女は何かにつけ文句を言って、アンヘリータパワーを発揮していることだろう。

つじむらあゆこ
1964年11月22日生まれ イラストレーター
子どもや女性の絵を、雑誌、書籍を中心に、かわいい感じやワクワク感を大切に描いています。
ちなみに、ただいまの目標は結婚です。
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